「家族を想うとき」あらすじ&ネタバレ感想。ギグワークにより具現化する自己責任社会。

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Youtube「ケン・ローチ監督最新作『家族を想うとき』12.13(金)公開/90秒予告篇」

「家族を想うとき」予告編ムービー

ケン・ローチ監督最新作『家族を想うとき』12.13(金)公開/90秒予告篇

「家族を想うとき」あらすじ

これはイギリスのニューカッスルに住むある家族のはなし。

建築業界から一転し宅配ドライバーとして独立したリッキーは、父親として家族の生活を守るために日夜働きづめに。

母のアビーは訪問介護のパートとして働いているが、休憩の暇がないくらいにスケジュールが満杯。

労働に明け暮れる両親のもとで孤独を深める2人の子どもたち。

仕事に費やす膨大な時間は家族を守るためだったはずなのに、それぞれの距離はじわりと離れていく。

「家族を想うとき」感想

Youtube「ケン・ローチ監督最新作『家族を想うとき』12.13(金)公開/90秒予告篇」

ケン・ローチ監督の最新作「家族を想うとき」(原題:Sorry We Missed You)を観に行ってきました。

本作は、経済苦からなんとか脱出しようと必死に働く夫婦と、その子どもたちとのすれ違いや家族愛を描く、イギリスを舞台とした映画です。

あらすじを見ただけでもHPが削られるのですが、実際の内容もかなりヘビィで上映後には心の奥にずっしりと鉛のようなものが…。帰路についたとき、足取りの一歩一歩が地面にめり込んでるような感覚になりました。

貧困から抜け出したい一心で取り憑かれたように働くリッキー、自身も働き詰めなのに、どうにか家族の繋がりを守ろうと奔走するアビー、非行を重ねて両親を困らせる反面、家族への気遣いもあり、思春期の複雑さがみられるセブ、周囲の動向に敏感で、小学生ながらも自主的に家族を調和しようと試みるライザ。

彼らの思惑すべてに共感できてしまうんですよね。

それぞれが望むことは一致している筈なのに、そこに近づこうとすればするほど互いに離れてしまうというジレンマに苦心する家族。その姿に心が締め付けられるとともに、こうした家族のかたちはどうしようもなく現実に蔓延っていることでもあり、他人事とは思えませんでした。

これを見たら、家族を想わずにはいられない。そんな映画です。

「家族を想うとき」個人事業主の現実

Youtube「ケン・ローチ監督最新作『家族を想うとき』12.13(金)公開/90秒予告篇」

本作における不幸は、リッキーが宅配ドライバーになったところから始まります。リッキーが個人事業主として働くことになる宅配会社の契約条件がとにかく悪質極まりない! 以下理不尽ポイントをまとめてみました↓

・週6日14時間労働
・宅配車のレンタル1日65ポンド(日給の約半分を占める)
・会社が貸出す機器を紛失したら罰金1000ポンド
・代わりのドライバーを自分で見つけなければ休暇を認められず
 →できなければ制裁金100ポンド
・労災保険なし

“個人事業主”といえば聞こえはいいけど、その実情は雇用する側のリスクをすべて労働者に押し付けるような「労働者には一切の権利を認めない!」と言わんばかりの劣悪な環境。厳しいノルマを課せられるうえに業務上で生じた損害から守ってくれることもないのです。最近よく目にする英国の経済格差に関するニュースと相まって「これがイギリスの労働環境の現実なのか…」と悲嘆に暮れること必至。

日本でも昨今Uber Eatsのバッグを背負って配達している人が多くなったし、働き方改革によって企業に直接雇用される以外の選択肢も認知されるようになってきたので、決して「遠い国の話」で終わらせられる物語ではないんですよね。ネットを駆使して単発・短期の仕事をこなす通称”ギグワーカー”は英国や米国の働き方のメインストリームに食い込んできていますが、正社員至上という昔のシステムが崩壊してきている日本にも、「ギグワーク」という言葉が根付く社会がやってくるハズ。

そういう意味で「先達者の実情を赤裸々にした」本作は、日本に住む私たちから見ると示唆に富んだ作品に見えてきます。ギグワークによって働き方に柔軟性が出てくるのは喜ばしいものの、リッキーの疲弊具合を見て感じるのは、「どうやらイイことだけではないな」ということ。

家族の時間が減っていることを問題視したリッキーが休暇を希望すると、宅配業者の監督であるマロニーは「代わりはいるのか?」と冷たく言い放ち、代替の勤務者を自分で探すよう促します。さらに離婚者や自殺した子どもの親など、過去休暇を申し出てきた人たちを引き合いに出して、「みんな苦労してる」と筋の通らない理由で丸め込もうとしてくるのです。
反論できないリッキーは結局、休暇を諦めてしまうのですが…。

この「責任がどこに帰属するのか」が不明瞭だと、ギグワーカーが思わぬ不利益を被る可能性があるので、非常に怖いポイントだと思いました。

例えば自分がコンビニでバイトをしているとして急に出勤できなくなった時には、雇用している側が責任をもって代わりの勤務者を探すなどして対処する、というのが法律的に決められています。が、リッキーのようにあくまで雇用契約を結ばず、個人事業主として働いている場合は労働法の枠内に収まりきっているわけではないので、しっかり契約内容を見定めるなどの自衛が必要になるのです。

作中ではリッキーもマロニーも権利だとか契約だとか具体的なワードを一切口にしないのも怖いところで、「マロニーのその場の裁量になすすべなく従うリッキー」という構図を見ると、企業が都合のいい労働力を確保するために個人事業主という肩書きを利用しているようにも思えるんですよね。
リッキーが理不尽に抵抗しないのも、その点が負い目になっているからだと考えられます。もちろん、作品として極端な例を挙げている可能性とか、リッキーが劣悪な労働環境に固執する背景などを加味する必要はあります。

ただ、労働者側のメリットに盲目的になりすぎると、不当な搾取や人権侵害にさえ気づけなくなり、いいように使われてしまうという可能性は現実にあることで、ギグワーク過渡期にある私たちも危惧すべき問題だと言えます。

「家族を想うとき」リッキーの背負う重荷

Youtube「ケン・ローチ監督最新作『家族を想うとき』12.13(金)公開/90秒予告篇」

100人が見て100人が間違いなく「悪質!」と評するだろうマロニー及び宅配業者なんですが、借金返済のため、そしてマイホームを今度こそ手に入れるためにリッキーは無理に仕事を詰め込みます。ソファで居眠りしてしまうほど酷く疲弊して、それでも明日また仕事に行かなければならない。

何よりも僕が辛かったのは、リッキーが借金返済・マイホーム購入という目的よりも、その裏にある「家族を守る父親としての使命感」に駆られて仕事にのめり込んでいるように見えたところ。

家族で支え合おうというスタンスのアビーに対して、リッキーはそれぞれの役割を果たすことに執心します。つまり、彼は一家を支える大黒柱としての役割、特に経済的安定を担う者として自分自身を強く規定しているのです。宅配用バンの頭金を払うために、アビーが通勤に使用していた自家用車を売却してしまうのは、パートで働いて経済的にサポートする妻ではなく、子供たちや働く夫を心理的に支える妻としてのアビーを期待していたからだと思います。

そこに「経済的な余裕のなさ」という不安要素が加わって強迫感が増長させられることで、何より「役割を果たしていない自分」が許せなくなる。見ていて思うに、生活保護という選択肢を否定したり、応援するサッカーチームをバカにされて怒ったりと、リッキーの行動の端々からプライドの高さが伺えます。だから、自分自身が規定した役割から自分が逸脱することも、当然許すまじことなんですよね。

必死に働いているリッキーに対して息子のセブは意に介さず「今そんな状況になっているのは自己責任だ」と言い放ちますが、それはリッキーが自分を縛っていた呪いともいえる言葉。

これ以上なく残酷な四文字であるとともに、資本主義がもたらした自分を資本としてお金を稼ぐ”自由”と表裏一体となって世に蔓延っている、リッキーの性質を超えた普遍的な風潮だと思います。国が守ってくれることもなく、失敗の責任が全て個人に降りかかり果てに再起不能になるというのは、自由の恩恵よりもずっと息苦しさの方が勝ってしまっている感じがして、なんとも辛い。

「家族を想うとき」生産性のみで価値を計ると人間はいらなくなる

Youtube「ケン・ローチ監督最新作『家族を想うとき』12.13(金)公開/90秒予告篇」

時間に翻弄されるリッキーたちを見ると本当にやるせない気持ちになります。

リッキーが配達の際に使っている端末は、荷物の登録から受取のサインまで全ての工程を管理していますが、その中には荷物の現在位置を注文者に発信したり車から2分離れるとアラームが鳴ったり(多分「急げ!」という意味)と、ドライバーを束縛するかのような機能まで付いています。

やることがギチギチに詰め込まれていてトイレで用を足す暇さえなく、知人から冗談で渡されたつもりだった尿瓶を使うことに…。

このレベルではないにしろ、僕が実際に町で見る配送ドライバーの人たちも、8割くらいが小走りでトラックと玄関の間を往復していて、いつ見ても忙しそうなんですよね。

何から何まで1クリックで注文できる今、ただでさえ荷物が多いだろうに、時間指定というシステムまであるので、配送ドライバーの方達は1分1秒も無駄にできない環境なのだと思います。

なんというか、こんな風に秒単位で管理される仕事って、もはや人間がやるようなコトではないんじゃないかと思います。コンピュータの計算速度の速さに人間の方を合わせようとしているけど、人間の進化がコンピュータの進化についていけているワケでもないのに…。

「家族を想うとき」感想のまとめ

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ケン・ローチ監督が引退を撤回してでも警鐘を鳴らしたかったのは、ギグワークによって加速する個人主義が抱える問題についてだったのでした。全てが自己責任で片付けられ、一度失敗したら立ち上がるのに困難を要する社会は絶望しかないと思います。

末端の労働者を顧みない利益重視の宅配業者にそれでもしがみついて、見ていられないほどに傷つけられていくリッキーの姿は、本当に胸が痛くなりました…。

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